大林宣彦監督がイベントのルールを破り28分かけて平和を訴えるスピーチを行う
大林宣彦監督が映画のイベントで、ルール破りの28分ものスピーチを行い、進行を滞らせた。
6月11日(日)、明治神宮会館で行われた「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2017」のアワードセレモニーでの出来事である。別所哲也が代表を務める短編映画のための祭典で、東京都が協力しているため小池百合子都知事も出席。米国アカデミー賞からも公認されている映画祭である。去年この映画祭でグランプリを受賞した作品がアカデミー賞に紹介されて見事短編実写映画賞に選出されるなど実績も多く、映画人にとってプロ映画界への登竜門的な側面もある。今年はその19回目だが、アワードセレモニーのひとつの名物として、毎回大物有名人に審査員を任せることが大きな話題を集めている。
今年の審査員に選ばれたのは、大林宣彦監督と、アナウンサーの小倉智昭、ベン・トンプソン(トライベッカ映画祭ショートフィルムプログラマー)、モデルのマリエ、俳優の三上博史の5人だった。
オフィシャルコンペティションの各部門(インターナショナル部門、アジア部門、ジャパン部門)の受賞作品が発表されると、受賞者の3名がステージに登壇し、トロフィーを授与され、受賞した喜びのスピーチを語った。その後、司会の堀潤が審査員の5人に軽く感想を求めたところ、大林宣彦監督は28分もかけて政治的スピーチを行い、イベントの進行を滞らせるハプニングがあった。この映画祭では珍しいひとつの事件とも言える出来事であった。
なお、他の審査員のスピーチ時間は、小倉智昭が2分、ベン・トンプソンが1分20秒、マリエが1分、三上博史が1分20秒なので、大林宣彦監督のスピーチがいかに異常であったかがわかる。小倉智昭は「候補作品はいずれも3回見て真剣に選んだ」という話、マリエが「ファッション面から作品を評価させてもらった」という話、三上博史が「いつも評価される側だけど、今回は評価する側に徹した」という話だったのに対し、大林監督は杖をついて登場し、「私はジジイです。去年ガンで余命三ヶ月と言われました。本当はここにいなかったはずですが、私は今も生きてここにいます。今日は今まで心の中にしまっていた黒澤明監督からの遺言を伝えるために来ました」と語り始めた。最初に小倉智昭を椅子に座らせようとしたことから、この場を借りて言いたいことをとことん言う腹づもりだったようだ。受賞者と他の審査員たちは大林監督が話している間、ずっとステージで立ち続けることになった。大林監督は「私はジジイですが、戦争を体験しています。嘘みたいに思っているかもしれないけど、この場所に戦争は本当に起きていたのです」と言って、戦争と平和、正義とは何かについて延々と持論を展開し、以下、黒澤明監督の遺言は後回しにして、政権への批判や、憲法の擁護など、政治的な発言を続けて行った。
スピーチのところどころで、観客席の映像がスクリーンに挿入されていたが、ほとんどの人が真剣に聞いてはいたものの、中には寝ている人やあきれて笑っている人の姿も一部見えた。スピーチの20分を過ぎたあたりで見かねた女性スタッフがステージに入ってきて、大林監督に直接注意していたが、大林監督は「はい」とだけ返事をして、その後も気にせずにスピーチを延々と続けた。今度は男性スタッフが注意しに来たが、それでも大林監督は「時間ももうありませんが」とまとめるそぶりを見せつつもまだ話をやめなかった。とっくに予定時間は過ぎてしまっていたが、米国アカデミー賞にならって強制終了とはいかなかったようだ。ただ一人、三上博史だけは大林監督のスピーチの途中でステージから退場してみせた。
28分が経過し、大林監督の発言に一瞬隙が見えたところで、その隙を突くように客席の後ろの方(スタッフか?)から突然拍手が鳴り響き、それに同調して客席全員が拍手を送った。この拍手により否が応でもスピーチが終わる流れになった。大林監督はまだ話し足りてなかったようで、その拍手をかき消すように声を張り上げて「映画で世界が平和になるようにみんなが続きをやってね」と言っていたが、これでようやくスピーチは終わった。
大林監督のいう黒澤明監督の遺言を要約すると、「映画とはいつしか事実ではなく、物語を伝えるものになった。しかし、嘘の物語を描くことで真実を描くことができる。映画を使えば世界を平和にすることができる。しかし映画で真実を伝えられるまでにはあと400年は映画を作り続けなければいけない。君たちがそれを受け継いで欲しい」ということである。
イベントの最後にコンペティションの各部門受賞作品の中から栄えあるグランプリが発表され、ミャンマーから来たミミルイン監督(ページ見出し写真の女性)の作品『シュガー&スパイス』がその栄冠に輝いた。ここで例年通りならばセレモニーの締めくくりとして、審査員から作品についての総評スピーチがあるのだが、イベント側はここでまた大林監督にマイクを渡すべきではないと判断したようで、総評スピーチはカットされた。例年と違い、何かしっくりまとまらない形でセレモニーは幕を下ろしたのだった。
映画祭は6月25日(日)まで開催される。