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山寺宏一、野沢雅子が巨匠・小津安二郎の無声映画に声を入れる

9月16日(金)、浅草公会堂にて『淑女と髯』の上映が行われ、映像に合わせて、声優の山寺宏一、野沢雅子、羽佐間道夫、土井美加、真殿光昭、たなか久美らによる口演ライブが行われた。

これは、したまちコメディ映画祭の一環で毎年行われているイベントだが、毎年同イベントの中でも最も入場料が高く、注目度の高い催しのひとつである。サイレント映画(無声映画)を上映しながら、声優たちが映画にライブで声を吹き込むというもので、これまでチャップリンやバスター・キートン、ハロルド・ロイドの短編映画に生の活弁を付けて上映してきたが、今回は初めて小津安二郎の長編作品に挑戦した。

小津安二郎というと、『東京物語』など、独特のローアングル、正面からのカメラ構図など、日本らしい家族ドラマの名作を数多く残してきた世界的にも有名な巨匠であるが、そんな小津安二郎にもまだ若手の時代があって、まだ20代の頃はサイレント映画を撮っていた。当時は小津の映画美学もまだまだ完成されておらず、当時はアメリカ映画に多大なる影響を受けたスタイルで、スラップスティックコメディ(ドタバタ喜劇)を撮っていた。その中の一本が『淑女と髯』だ。髭をはやした剣道の達人が、あるとき、髭を剃り落とすと、急にもてて三人の女性からアタックされるというラブコメディになっており、『東京物語』などで知られる小津安二郎とはまた全く違った一面を見られる作品になっている。

当時は映像のところどころに字幕でセリフが挿入される程度だが、今回は、セリフのなかった映像にあらたに声を入れるということで、日本チャップリン協会の大野裕之会長が脚本を書き下ろした。そこに羽佐間道夫が声優として脚色・演出し、本番では主演の山寺宏一が得意のアドリブも挟み込んだ。鑑賞前は、小津安二郎の神聖な作品を汚されないかと不安があったが、見てみてその不安も吹き飛んだ。ところどころで羽佐間道夫が小津安二郎の作風を弁士ぽく解説、小津本来の映画美学の素晴らしさはそのままに、現代の時事ネタも取り入れ、唯一無二の実に愉快痛快なドラマが誕生した。上映中も笑いが絶えず、例えば、主人公がいびきをかくシーンにアドリブでオナラの音を入れてくるなど、山寺宏一のギャグはもはや芸術の域に達しているレベルであった。脚本は時間をかけてじっくりと練られてあり、声もぴったりと映像にあっていて、相当何度も練習したことを感じさせる内容だった。これは小津安二郎作品の凄さを再確認させられるきっかけにもなっただろう。

主人公は山寺宏一、ナレーションは羽佐間道夫、主人公に恋をする三人の女性たちは、それぞれ野沢雅子、土井美加、たなか久美が分け合った。上映前に羽佐間が「美しい大和撫子を三人のうちの誰かが演じています。誰が演じているのかはお楽しみに」と言って上映が始まった。てっきり、土井美加か、たなか久美のどちらかだろうと思って、野沢雅子は少年役だろうと思ってたら大間違い。貞淑な大和撫子の役を野沢雅子が演じていた。綺麗な綺麗な声で、お淑やかに、愛おしく演じてみせて、野沢雅子にもこんな面があったのかという新たな発見があった。山寺は「毎週かめはめ波を打ってるとは思えませんね」とコメント、羽佐間も「彼女がトップである理由がわかる。こういう大和撫子の役もできるんです」とコメント、野沢は照れながらも「このイベントではいつも女性の役をやらせてもらうんで、本当に大好きなんです」とコメントしていた。一方、これまでディズニー映画で数々の美少女・美女役を演じてきた土井美加は、今回は悪女役で登場。主人公の人柄に触れて改心していく様子を見事に演じきった。恋敵に負けて去っていく彼女の後ろ姿を映すところでは、小津安二郎作品にしては珍しい俯瞰の映像を見ることができる。

なお、小津安二郎は生涯で17本のサイレント映画を撮っていて、羽佐間と山寺が「様々な作風を持っていて、”オヅの魔法使い”ですね。これなら17年できる」と冗談ぽく語る場面もあったが、冗談の中にもやってやろうという意欲を感じさせた。同映画祭では、吹き替え60周年記念として『名探偵登場』の名吹き替えの上映も行った。(澤田英繁)

2016年9月19日 23時12分

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