トニー賞受賞ブロードウェイ・ミュージカル『Once ダブリンの街角で』がEXシアター六本木にて上演中
11月27日(木)から12月14日(日)まで、『Once(ワンス)ダブリンの街角で』がEXシアター六本木で上演中だ。2012年トニー賞で作品賞を含む8部門で受賞したブロードウェイ・ミュージカルである。
『Once』はもともとは映画だった。アイルランド人の男性とチェコ人の女性のラブストーリーを音楽の中に描いた同作は、口コミで広がり、大ヒットを飛ばしてアカデミー賞の最優秀歌曲賞に輝いた。その映画を舞台化したのがこのミュージカルで、ブロードウェイで上演するなり絶賛され、舞台界のアカデミー賞であるトニー賞の最優秀新作ミュージカル作品賞を受賞、さらに、その翌年には音楽界で最も権威あるグラミー賞の最優秀ミュージカルシアターアルバム賞を受賞する快挙を成し遂げた。
このドラマは、音楽を創ることに関する物語であり、音楽という音楽を出演者自身が自らの手で演奏している。奏でられている音のそのすべてが、演奏という視覚的な形となって、それがドラマを生み出す。アコースティックギター一本で奏でる弾き語り繊細さと力強さ。ヴァイオリンの美しい音色。楽器そのものの一音の生み出す音、音楽そのものに備わる癒しの力に胸がキュンと鳴る作品だ。レパートリーの中には、普段あまり聴いたこともないような民族音楽的な傾向の曲もあり、おそらくこれがアイルランドの伝統的な音楽スタイルなのだと思う。ロック史に名高いヴァン・モリスンの名盤「アストラル・ウィークス」を初めて聴いたときのような、じわじわくる感動がある。
舞台はシンプルなもので、アイリッシュバーカウンターを表現しており、カウンターでは開演前と休憩時間に実際に観客がお酒を買うことができる。この点が他の舞台にはない変わったところだ。舞台の上に実際に立って、その世界に入り込んだような雰囲気を味わえるのである。舞台は上部が暗く覆われ、縦横比1:4の横長のステージになっていて、壁には異様なまでにたくさんの鏡が飾られている。背中を向けて演奏している役者の顔の表情は鏡で確認できる仕組みである。音楽を表現する上では、この上なくシンプルにしてスタイリッシュな舞台効果を出していると言えるだろう。
特筆すべきは、音楽表現の斬新さである。キャストは、時にはそのシーンの登場人物であるが、時には空気となり背景音楽を担当する。その描き方が変わっていて、例えるなら「そこにあるような音楽」とでも言おうか。環境音楽の新しいジャンルの形である。人が会話しているとき、会話に集中していると、回りの音楽がほとんど聞こえなくなるという経験は誰しもあるだろう。そういったときの音を、出演者が実際に演出して聴覚に訴えかけてくれるのである。
『Once』は、何か、不思議な音の世界を見せてもらったような、そんな気持ちにさせてくれる作品だ。映画では表現しえない、舞台ならでは魅力が詰まった作品になっていると思う。(澤田)