『くじけないで』八千草薫と檀れいの演技がリンクして感動を呼ぶ傑作
今週は筆者のおすすめの映画を一本紹介する。映画『くじけないで』である。11月16日(土)から松竹の配給で公開される映画で、これはぜひともお母さんと一緒に見て欲しいと思う。99歳で詩集「くじけないで」を発表して詩人デビューし、200万部を売り上げ、イタリア、オランダ、スペインなど世界各国に翻訳された、柴田トヨさん(1911-2013)の一生を映画化した作品だ。これに先立ち、去る10月8日(火)に丸の内ピカデリーで行われた完成披露試写会も取材してきたので、そのレポートとあわせて作品を紹介したいと思う。
何よりこの映画を見て筆者が感動したのは、親孝行について描かれていたことである。筆者は今まで特にこれといって親孝行をしたことがなく、本当にダメな息子だと思っている。でも、この映画を見て、自分も思えば母のことなんて何も知らなかったなと、そう考えた。何かおふくろを喜ばせたいなと思った。映画を見ているうちに、だんだんトヨさんの顔が自分のおふくろの顔に見えてならなかった。映画館で映画を見て号泣したことなんてあまりないけど、こればかりはもう我慢できず、嗚咽しながら涙がポロポロと出てきた。この映画が素晴らしいのは、親孝行について、とても温かく、幸せな視点で描かれていることである。
トヨさんを演じるのは、八千草薫さん(82)だ。59歳のトヨさんから、なんと98歳のトヨさんまで演じている。八千草さんを見ていつも思うのは、本当に若いなということ。『男はつらいよ』で寅さんのマドンナをやったこともあったけど、他のシリーズのマドンナとは一回りも年齢が高かったのに、すごく綺麗なマドンナを演じていて、あれから40年以上経つのに、ほとんど変わってなくて、今もお綺麗で。そういえば、何かの雑誌で「好きな女優ランキング」で60歳以上部門で唯一選ばれていたのが八千草さんだった。綺麗なお母さんという役で98歳まで演じられる女優さんといったら、もう八千草さんしかいないのではないか。柴田トヨさん自身も八千草さんの大ファンだったそうだ。完成披露試写会を取材したときも、八千草さんがすごくお綺麗で驚いた。私事で恐縮だが、プロフィールを調べてみたら、八千草さんの誕生日が筆者の母と同じことを知り、筆者はこうして記事を書きながらも、八千草さんに何か縁のようなものを感じている次第である。
トヨさんの役は、幼少時代は今最も人気のある子役の芦田愛菜ちゃんが演じていて、34歳から43歳までを檀れいさんが演じている。檀れいさんといったら、まさしく理想の奥さん像の代表格といえるような女優さんで(金麦のCMにボクも毎日癒されてます)、筆者はいつも一番綺麗な女優は誰かと聞かれたら「そりゃあ檀れいでしょ」と即答しているくらいだけど、『くじけないで』の檀れいさんは今までで最も輝いていると言っても過言ではないと思う。最初に言うと檀れいさんは実は映画の後半までまったく出てこない。ずっと八千草さんの腰を曲げた演技を見ていると、あるとき、もうだいぶ後になってから回想シーンで檀れいさんが出てくる。そのときの檀れいさんがキラキラと輝いて見えて。それは八千草さんの演技があってこそ引き立って見えているわけで、八千草さんの演技と檀れいさんの演技がまさにぴったりと重なり合っているわけで、そこには感動すら覚える。また、回想シーンに出てくる息子がかわいらしいこと。母が子を可愛いと思う気持ちは、子供が50歳になっても全く変わらないということが、この回想シーンで描かれていて、ボクのおふくろも、ボクが小さかった頃は、檀れいさんみたいに綺麗だったのかもしれないなと、そんなことを考えていたら、見ていて自然と涙があふれてきた。
八千草さんは宝塚の娘役出身で、檀れいさんも同じ宝塚の娘役出身である。檀れいさんにとってもこれはすごく運命的なものだったようで、そこに映画のミラクルが誕生したと筆者は思っている。舞台挨拶での檀れいさんのスピーチは実に感動的なものであった。
「この話をいただいたとき本当にびっくりしましたし、嬉しかったです。私が宝塚歌劇団に入った当初、先輩たちのブロマイドを目にすることがあったんですけど、そのときに八千草さんが宝塚の娘役で活躍されているときのブロマイドを見たんですね。そしたら本当に綺麗で、びっくりするくらい美しくて可憐で、透明感のある素敵な娘役の写真でした。私も娘役だったんですけど、自分もこういう娘役になりたいなと思っていたのが八千草さんだったんですけど、まさか今回柴田トヨさんという役を私が若い頃、八千草さんがトヨさんを演じるということで、嬉しいのと同時に、八千草さんに失礼がないようにしっかり演じなきゃといつも思ってやりました。愛菜ちゃんの演じたトヨさんからちゃんとバトンを受け取って、それを八千草さんのトヨさんにつなげようと、ずっと心において演じました。とても幸せでした」
息子役を演じるのは武田鉄矢さん、嫁さん役を演じるのは伊藤蘭さんだ。プロダクションノートによると、『幸福の黄色いハンカチ』の武田さんの役の30年後を見たくて武田さんを起用して同じような性格の役を演じてもらったのだという。この映画を見て、普段筆者が考えたこともなかった結婚というものがどういうものかも考えさせてもらった。というのも、この映画の伊藤蘭さん演じる嫁さんが人としてよくできていて、こんな人と結婚できたら幸せだろうなと思える素敵な女性に見えたから。伊藤さんは舞台挨拶で「私がついてなきゃこの人ダメになっちゃう、という男性を演じると右に出るものはいないという武田さんの存在があったから演じられたのだと思います」とコメントしていたけど、ダメ夫を支えるしっかりした妻の姿に映画を見ていて胸がキュンとなった。回想シーンに出てくる黒木華さんもまたすごく胸をキュンとさせる良い芝居をしていて、この映画では本当に主役から脇役までみんな素晴らしい演技を見せている。
筆者は映画の中の武田さんが自分に見えてならず、そのダメっぷりといったら、見ていて痛くなってくるほどだった。でも自分にも思い当たる節があって、すっかり感情移入させられた。トヨさんの詩集を本にしようと息子が奔走する様はとても健気で、ボクもこうしていられないなと、何か後押しされる思いがした。武田さんは舞台挨拶では、次のようにコメントをしていたが、素晴らしいコメントだと思う。
「八千草さんが母親になって、息子役ができるということで、この役をやりたいと思った次第で、私自身は母を亡くしましてはや15年の歳月が流れていますが、架空ではありますが、おっかさんと呼べる幸せを1ヶ月以上体験することができました。なんとなく母への思いを重ねながら演じたような次第でございます。心の中にひとつだけ自負がありまして、ときどき芝居に元気がなくなったりするんでありますが、そのときは亡くなった母の遠い声、お前はかあちゃんを日本一有名にする力のある息子だという声が遠くから聞こえまして、相務めた次第です」
101歳で天寿を全うしたトヨさん。100年というのは考えてみると、大日本帝国時代から日本の歴史を全部体験しているということになる。年表を見てみると、それはもう激動の日本である。トヨさんが結婚した年は昭和19年。日本が太平洋戦争でアメリカ軍の空爆を受けていたまっただ中の時代であることに驚く。この映画は生まれてから結婚して死ぬまで、人の一生をトヨさんを通して描いているのと同時に、トヨさんの人生は日本の歴史そのものでもある。ある意味それはスペクタクルでもある。歴史の中に生きたトヨさんを見ていると、人生について前向きな気持ちにさせられる思いである。
最後に深川監督についても書いておく。今では日本を代表する監督の一人になった観もある。筆者とは同級生ということもあり、個人的にも応援している監督だ。98歳のトヨさんを描くにはまだ若い気もするが、深川監督には今回は揺るぎない信念があったようで、今回は自ら脚本も手がけた。深川監督の熱意は次のコメントからも伝わってくる。
「若い僕で大丈夫かなと思ってたんですけど、それを恐れずにやっていこうという思いでやりました。僕は監督をやるときは脚本を書かない方が良いと思っている人間なんですが、それは監督になると脚本に書いてある色んなものを捨てていかなければならないからです。その判断を間違えてしまうんじゃないかなと思って脚本は自分ではやらないことが多いんですけど、トヨさんの詩はトヨさんの人生が詰まっているような詩で、優しさや素朴な視点に満ちていて、そういうものを大事にやらせていただこうと思ってやりました」
完成披露試写会には、深川監督と、八千草さん、武田さん、伊藤さん、檀さん、愛菜ちゃん、上地雄輔さん、ピエール瀧さんが出席。主題歌の由紀さおりさんも登壇して、主題歌をライブで披露してくれた。由紀さんの歌も、この映画にふさわしい素敵な主題歌になっている。
『くじけないで』は、11月16日(土)から全国ロードショーされる。(文・写真:澤田英繁)