フランスを代表する女優マリオン・コティヤールが来日『君と歩く世界』ジャパンプレミア

3月26日(火)、有楽町にて、『君と歩く世界』のジャパンプレミアが行われ、主演のマリオン・コティヤール(37)とジャック・オディアール監督(60)が登壇し、中谷美紀(37)から花束を受け取った。
『君と歩く世界』は、クレイグ・デイヴィッドソンの短編集「RUST AND BONE」を原作とした作品。事故で両足を失ってしまったシャチの調教師(マリオン)が、不器用だけどまっすぐに接してくれる賭博ファイターの男性と出会い、生きる力を取り戻していく愛と再生の物語である。
これを監督するのはジャック・オディアール。これまで5本の映画を撮ってきた監督だが、そのすべての作品でフランスのアカデミー賞に値するセザール賞を受賞してきた華々しいキャリアを持つ、いまやフランスで最も次回作が熱望される監督のひとりである。この監督は、今までフィルムノワールを中心にダークな作品を撮ってきたが、今回は闇ではなく光に焦点を当てて、新境地に挑戦した。今作もカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品し、ロンドン映画祭で最優秀作品賞を受賞するなど、去年のフランス映画を代表する珠玉の一本に仕上がっている。
原作では、賭博ファイターの男性のストーリーと、シャチの調教師(原作では男性が主役)のストーリーはまったく別の短編の登場人物である。オディアール監督はデイヴィッドソンの短編集の中からこの二つのストーリーのエッセンスを取り出してミックスさせた。原作にはラブストーリーの要素はないが、これをオディアール監督は、実に気高く、力強い、光に満ちあふれたエモーショナルな極上のラブ・ストーリーへと進化させたのである。
この主役を演じるのがマリオン・コティヤールだ。『エディット・ピアフ』で、米国アカデミー賞では、49年ぶり、何と史上2度目のアカデミー主演女優賞に輝いたフランス女優で、ハリウッド映画でも引っ張りだこの人気スターである。特にクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』、『ダークナイト ライジング』に立て続けに出演し、作品の鍵となる重要人物を演じて英語の演技でも鮮烈な印象を残している。
さてさて、この偉大な監督と女優がついに来日となったわけであるが、開始時間になってもなかなか登場してくれない。その間に去年グラミー賞の新人賞を受賞したボン・イヴェールのテーマ曲が延々と流れていたが、この主題歌が30分間ループし続けていたのにそれでも何度でも聞き入ってしまうほど実に味わい深い曲で、本当に良い曲を提供してもらったものである。
イベントは開始が遅れに遅れて30分以上経過してようやくスタートした。ここまで遅れて司会のLiLiCoも申し訳なさそうに登場して、「本当に遅くなりまして申し訳ございません。若干のフランス時間でございます」と挨拶して和ませた。
ようやく登場した二人。マリオン・コティヤールは前日、空港にすっぴんでファンの前に登場したそうだが、今回はゴージャスにドレス姿で登場した。このキラキラと輝く物凄いオーラに30分遅れたことなど一瞬にして記憶から吹っ飛んだ。最近では英語を話すイメージも定着しつつあるマリオンだが、この日はすべてフランス語で挨拶し、いかにもパリジェンヌ然とした態度で、綺麗な綺麗な声で開口一番「私はフランス女性です。私はフランス映画の中でフランス女性を演じています」とフランス人であることを強調していた。
しかしまた監督のたたずまいが何ともダンディなこと。司会が最初に監督から挨拶を求めると、「普通はレディファーストじゃないですか。私からでいいんですか?」と言うところなど、実に紳士的で、やっぱりフランス人は違うなと思わせるものがあった。監督は日本が大好きで、10日間滞在するとのこと。初来日のときも京都を観光したそうで、このイベントの後も早速また京都に飛んでいきたいと話していた。また、関係者以外は誰も知らない人たちの名前をあげて「私がこうしてここに立っていられるのも配給のブロードメディアの方々のお陰です」とお礼を言っていた。ハリウッドの監督からはまずこんな言葉は聞かれないであろう。くー、かっくぃー。
フランス人の日本好きはかなり有名で、いつもフランス人に日本映画を語らせると、溝口健二とか割と通好みの監督の名前とか当たり前に知っていることに毎度驚かされるものだが、オディアール監督もご多分に漏れず、相当な日本映画フリークの様子だ。「どうしても私にこのことを言わせてください。私はこうして日本に来られたことを誇りに思っています。なぜなら、日本映画が私を作ったといっても過言ではないからです。日本映画は昔から大好きで、今でも見ています。ですから日本映画をこれからもどうぞ作り続けてください」と挨拶したときには、筆者も一人の日本人として胸を打たれた。フランスで今最も実力のある監督が、日本映画にここまで影響を受けていると言ってくれたのは日本の誇りである。
マリオンについては、監督は絶対にマリオンしかいないと思ってオファーしたという。「前々からマリオンと私は、いつかどこかで交差するときが来ると思っていました。もし、マリオンにこの役を断れたら私はとても困っていたでしょうね。他の女優では考えられなかったから。私は彼女の家に行って、手を取ってどうぞお願いしますと言ったら、彼女はウィと言ってくれたんですよ」とオディアール監督。言うことが何かこう、いちいちお洒落である。マリオンも「この役をもらった私は世界一幸せな女優だと思いました」と最上級の言葉で喜びを表現していた。
そして、花束ゲストとして登場したのが中谷美紀。この人選がうますぎる! 日本でいうフランスのマリオン・コティヤールに値する女優は誰かと考えたら、それはもう中谷美紀しかいないだろう。これまで出演してきた作品の質といい、美しさ、演技力、役にかける情熱といい、いずれもマリオン・コティヤールに匹敵する日本映画界のディーヴァといえば中谷である。これが偶然にもマリオンと同い年ときたもんだ。まさにぴったりの人選である。このツーショットは画的にも実に良いものになった。
中谷は、マリオンに映画の感想を語るとき、最初日本語で話していたのに、一瞬黙ったかと思うと、次はフランス語で「とても感銘を受けた」と感想を語った。監督から「私の作品にも出てもらうことになるかもしれません。でも、あなたならきっとギャラが高いでしょうね」と言われると、中谷は「値下げしますよ」とフランス語で返していた。あまりに自然にフランス語で冗談を言い合っていたので、ちょっと驚いた人も多かったのでは。中谷は映画の感想について次のように語っていた。
「仕事であったり自尊心であったり、周りの人々の信頼関係だったり、失った両足以上に目に見えない多くのものを失ったようで見ていてつらかったんですけど、そんな女性がある日、とても粗野で無思慮で自分勝手な男性、普通なら愛せるような対象ではない男性との出会いによって希望の光を見いだしていく姿に心を打たれました。同じ年にも関わらず地球の反対側にこんなにすばらしい女優さんがいらっしゃるのはとても刺激になりますけど、『TAXi』を初めて見たときも、ご存知の『エディット・ピアフ』もそうですし、彼女が笑うたびに私も笑顔になり、彼女が涙をこぼすたびに私も同じように涙をこぼし、喜怒哀楽をマリオンさんの映画と共にしてきましたし、今回もジャック・オディアール監督との信頼関係を築かれて、心から裸になって演じてらっしゃる姿に敬意を覚えます」
いやはや、舞台挨拶の模範とも言える素晴らしいスピーチである。これを聞いたマリオンは、古くからの親友だったかのように顔をほころばせて「大好きです。言葉も出ないくらいです。同じ女優に褒められるのが一番嬉しいです」といって中谷を強く抱きしめていた。
『君と歩く世界』は、4月6日(土)新宿ピカデリー他全国ロードショー。(澤田英繁)