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草刈民代のラストダンス『ダンシング・チャップリン』

4月16日(土)、銀座テアトルシネマにて、『ダンシング・チャップリン』が公開初日を迎え、主演の草刈民代(45)と監督の周防正行(54)が舞台挨拶を行った。周防監督はチョビ髭をつけて登場し、チャップリンにオマージュを捧げた。一方、草刈はチャップリンの相手役の常連だったエドナ・パーヴィアンス風の衣装で登場した。

この映画だが、筆者は本作の公開が決まったとき、ある三つの事柄に興味がわいた。作品の本数こそ少ないが、新作を発表するたびに注目を集める周防監督がこの度挑んだのはバレエ作品だ。『Shall we ダンス?』ではバレリーナの草刈民代を映画界に招き、映画初出演させたが、今回はそれとは逆に周防監督がバレエの世界に飛び込んだ。バレエについては素人同然だった周防監督が、これをいかに映画として描き、バレエのこだわりを表現しつつ、映画というエンタテインメントとして観客を楽しませられるか、そこが本作の一つ目の興味である。周防監督も撮影中、いかにしてバレエに関心がない人に楽しませるか考えることに腐心したという。

二つ目の興味は、周防が一人の夫として愛妻のラストダンスを映画にしたこと。すでにバレエを引退していた草刈にとっては文字通りのラストダンス。「撮影中はこれで踊りはお仕舞いと思って踊っていた。できあがった映像を見ると、本当に最後の瞬間でなければこの踊りは踊れなかったと思う。これを映像に収めていただいていることがどれだけ幸せか時間が経つごとにわかってきた。」と草刈が語っているが、夫がどれだけ妻を綺麗に描写しているか、これは興味深い。『Shall we ダンス?』の踊っている姿を見て草刈民代に恋をしたファンたちにとっては、もうこれが見納めと思うと残念だが、その分映画でたっぷり楽しみたい。実は2人は結婚した年に偶然五反田で「ダンシング・チャップリン」を見たとのことで作品に対する思い入れも強かったという。夫婦愛なくして生まれなかった作品なのだ。

三つ目の興味だが、この映画に出てくるチャップリンは、厳密にはローラン・プティとルイジ・ボニーノが創造したチャップリンだが、「なんだ、本物のチャップリンについての映画じゃないのか」と思ったら、そうではないらしい。ローラン・プティ、ルイジ・ボニーノによるチャップリンに、「映画」というチャップリン本来の媒体を通して、いかに本物のチャップリンを投影しているか、そこはチャップリン・ファンとしての興味である。なお、チャールズ・チャップリンは音楽家として作品の中にクレジットされている。

銀座テアトルシネマの初日は満席の大盛況だった。上映中に大きな地震もあったが、無事最後まで上映された。筆者は銀座という街は、こういった映画を上映するロケーションとしては最高だと思った。古風で洒落た街で、山高帽をかぶって歩いても違和感がない街である。訪れた客層も、新宿や渋谷の舞台挨拶とは違った雰囲気の人たちばかり。普通なら舞台挨拶といったら客層は若い男女ばかりであるが、この日は、バレエ好き、チャップリンのファンなど、年配の人も多く、幅広い層の観客が集まっていた。

驚くのは観客の異様なまでのノリの良さである。上映後には「最高でした!」「ブラボー」と客席のあちこちから大きな歓声があがっていた。まるで何かステージ演劇を見終わった観客のような高揚感に満ちていた。ホワイエにはパンフレットや関連書を買おうと人だかりで大混雑。映画館の前でアンケートに答えている人たちも鼻息荒く映画について熱く語っていて、映画を見終わった感動が傍目に見てもダイレクトに伝わってきた。しかし、映画を見終わった後の観客のこの何という満足そうな笑顔。これは非常に珍しいことだ。

映画でありながら、まるでステージのような臨場感があるこの作品。映像からはライブのような緊張感が伝わってくる。周防監督は「ダンサーが全力で踊れるのは1日にせいぜい2回。いつ本番がスタートするかわからないと体を作れないから本番の時間も事前に決めていた。カメラは2台しかないから、撮影でNGを出しても撮り直しなんてとてもできない。ぶっつけ本番だった。」と語っており、まさに現場はライブそのものだったことを示している。

第1部と第2部の間に「幕間」があるところもライブ風だ。「続けて見ると2部の踊りが生きない。踊りというのは踊りを見る気持ちのもとに劇場に足を運んで見るわけだから、1部のドキュメンタリーを見て、この次どういう作品ができあがっているのだろうかという期待感が、踊りを見ることの集中力を高め、踊りを見る喜びを感じられる。」というのが草刈の考えである。

チャップリンの映画は、映画を見ることの喜びを教えてくれるが、日本において今現在チャップリンのような立ち位置にいる監督は周防正行ではないかと思う。チャップリンがそうであったように一作入魂。社会派ドラマさえも第一級の娯楽映画に作りあげるこのセンスは唯一無二だ。作品だけでなく、プライベートでも草刈民代と結婚したとき、これは良い意味で『ライムライト』のカルベロとテリーを地で行ってると思った(チャップリンとバレエは遠いようで切り離せない)。日本のチャップリンのような人だと思っていた人が、まさにチャップリンその人について描くというのだから、これはなんという巡り合わせか。好き放題書いたが、そんなことを思った初日舞台挨拶だった。(文・澤田英繁)

2011年4月20日 01時13分

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