役者歴50年にして今なお可愛い吉永小百合『おとうと』

去る12月1日、有楽町にて『おとうと』の完成披露試写会が行われた。今なおコンスタントに傑作を発表し続けている日本最大の巨匠・山田洋次監督(78)が、市川崑監督にオマージュを捧げた、監督にとって10年ぶりの現代劇となる入魂の作品だ。吉永小百合(64)は『母べえ』に続いて主演を務める。
日本で最初にキネトスコープで上映したのが明治29年の11月。これを日本の映画初公開として、それから60年後の昭和39年、12月1日を「映画の日」と制定した。この日の完成披露は「映画の日」と協賛して行われており、いやが上にもこの映画が映画史にとって特別な「映画」となるであろうことを認識させた。
登壇者は、山田洋次監督、吉永小百合、笑福亭鶴瓶(57)ら。重要人物を演じる蒼井優と加瀬亮は残念ながら出席しなかったが、代わりに?小林稔侍(66)、石田ゆり子(40)が登壇し花を添えた。また、「映画の日」を記念してなのか、急きょ鳩山由紀夫内閣総理大臣(62)が来場。これは取材陣も知らなかった本当に突然の出来事。総理は吉永小百合を超える大歓声で観客から迎えられた。
総理は、「『おとうと』、私も見たいんです。私も弟ともっといい関係になりたいんです。今日も弟が何か言っていたようなので、本当に見たいのですが、残念ながら私はこれから用事があるので見られません。かわりに妻の幸が2階のどっかで見てると思います。妻は私なんかの面倒を見るより、映画を作ってみたいと言ってました」とユーモアを交えて挨拶。観客の受けもよく好印象だった。さらに総理は「鶴瓶さんは、弟になりきるために15キロも痩せたと聞きました。すごいことです」とベタボメ。鶴瓶は恐縮した面持ちで「もう体重が戻ってしまったけど、ありがとうございます」とお辞儀していたが、このツーショットが何ともコミカルな光景であった。
吉永は、「最初に映画に出たのが1959年ですから、もう50年経ってしまいました。最近は技術の進歩についていけないところもありますが、山田洋次監督の現場は今でも手作りで作っているので安心できます」と挨拶。吉永小百合を間近で見る印象を一言で言うなら「可愛い」である。役者歴50年のベテランに対して「可愛い」と書くのは失礼かもしれないが、表情といい仕草といい、他に言葉が浮かばなかった。これが本当の映画スターの持つオーラというものだろう。舞台挨拶中、他の人が挨拶しているところで彼女は感極まったか目がうるうるして今にも泣きそうになった。いまだに彼女が広告塔として他の若手アイドルと同等に活躍していることに納得。この年になってこの初々しさは狙っても出せるものではない。鶴瓶は吉永に「なんでそんなに初々しいんですか」と聞いたそうだが、吉永は「まだ現場に慣れてないから」と答えたという。50年のベテランの口から出る言葉とは思えない意外な発言である。やっぱり吉永小百合は別格のスターだった。
「慣れ」といえば、小林は、人前に立つことに慣れておらず、ずっとうつむいていて、自分の出番が来ると言葉に詰まり何も言えなくなった。鶴瓶に「さっきまで石田さんにセクハラしてたのに」と助けられ、やっと緊張がほぐれて挨拶できるようになり、客席から「がんばって」と声をかけられる一幕も。小林は「遠い親戚を思い出すと、どなたにも似た家庭があると思う」と映画を紹介した。
おっしゃる通り、この映画を見ていると、「こんな親戚いたなあ」と思い出してしまう。この身近さが山田映画の醍醐味ではないかと思う。鶴瓶が吉永小百合の弟役だが、この駄目男ぶりが結構見ていてつらいものがある。人なら誰しもどこかに劣等感を持っていると思うのだが、山田映画はそういった劣等感を思い起こさせ、そこに共感させる力がある。『男はつらいよ』があそこまで人気シリーズになったのも、それが一番の理由ではないだろうか。いつしか自身をこの弟に重ね合わせて見ている自分の姿に気づかされる。何だか自分も姪っ子にこんな風に見られているのかもしれないと、だんだん他人事ではなくなってくる。それゆえに吉永小百合演じる姉の優しさが身に染みてならない。姉がいない人でも、そこに母親の姿を重ね合わせて見るに違いない。心にグサリとつきささるものがあるが、その分感動も深い映画だ。
試写会の来場者には、姉と弟の切っても切れない中を表した金太郎飴が配られた。この金太郎飴はよくできたもので、鶴瓶の絵が描き込まれていたが、鶴瓶は「断りもなく勝手にこんなもん作って」と観客を笑わせつつ、その出来栄えにはご満悦の様子だった。(取材・澤田英繁)
『おとうと』は、松竹の配給で、2010年1月30日よりロードショー。
